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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5186号 判決 1956年10月23日

原告 同和信用協同組合

被告 丁田俊博

主文

被告は原告に対して金二、三四七、〇〇〇円とこれに対する昭和二八年一二月三一日以後の年六分の割合による金員とを支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実と争点

一、申立

(1)原告 請求    主文第一項と同じ。

訴訟費用  主文第二項と同じ。

仮執行宣言 無担保。

(2)被告 請求    棄却

二、主張と答弁

(1)  原告の主張

原告は、被告及び訴外小林豊樹振出の

(A)  金額   二、〇〇〇、〇〇〇円

満期   昭和二八年一二月三〇日

支払地  東京都台東区

支払場所 同和信用協同組合

振出地  東京都目黒区

振出日  昭和二八年一〇月二九日

受取人  原告

(B)  金額   一、〇〇〇、〇〇〇円

満期・支払地・支払場所・振出地・振出日・受取人、右(A)と同じ。

と記載した約束手形二通の所持人である。原告は満期に支払場所において右二通の手形を呈示したが、その支払を拒絶された。よつて(B)の手形金の内金三四七、〇〇〇円と(A)の手形金二、〇〇〇、〇〇〇円、合計金二、三四七、〇〇〇円と、この手形金に対する昭和二八年一二月三一日以後の年六分の割合による金員の支払を求める。

(2)  被告の答弁

原告の主張事実を認める。

(3)  被告の抗弁

(イ)  本件約束手形は、被告が原告に宛てて振出した、振出日昭和二八年八月三一日、金額三、一二〇、〇〇〇円の小切手の支払拒絶に因る遡求義務弁済のために、被告が原告に宛てて振出したものであるが、被告は右小切手の遡求義務を負担する理由がないから、本件手形金を支払う義務はない。

すなわち、右の小切手は、原告が見かけ上の預金高増加を招来する目的で、昭和二八年六月頃被告に対し、原被告が相互に金額・振出日を同一とする小切手を振出し合い、原告はこれを被告名義の預金の受入及び払出しとして処理し度い旨申入れ、被告が結局これを了承して成立した約束に基いて、振出されたものである。ところが、被告の発病負傷等の事故のため、原告が前記小切手と交換に振出した小切手は支払を受けたに対し、被告の振出した前記小切手は支払拒絶となり、その結果被告は原告からその償還の要求を受け、止むを得ず本件手形を振出したのである。しかしながら、名目上の預金の増加を図るいわゆる粉飾預金の約束は違法であり、その為に振出された前記小切手は違法の目的で振出されたものとして無効であるから、被告は原告に対し前記小切手の償還義務を負担する理由はなく、従つて又、その支払のために振出された本件約束手形二通は、その原因を欠くのである。

(ロ)  仮に右の抗弁が理由ないとしても、原告は、本件二通の手形についてその振出し当時被告が資力を回復するまでその支払を猶予したが、被告はいまだ資力を回復するにいたつていない。従つて被告はなお本件手形二通の支払を拒絶することができる。

(4)  原告の答弁

被告の主張事実を否認する。

三、証拠<省略>

理由

一、原告の主張事実は当事者間に争がない。

二、よつて被告の抗弁について判断する。

(イ)  原因関係欠如の抗弁。

成立に争のない甲第三号証・第六号証・乙第一号証・証人北岡常作の証言・被告本人の供述及び成立に争のない甲第一、二号証によれば、原被告間に昭和二八年六月頃、原告の月末の預金高増加を図るため、被告主張のごとき小切手の相互振出による預金の預入れ、払出の約束の成立したこと、右約束に基いて昭和二八年八月末頃、被告は預金として金額三、〇〇〇、〇〇〇円の小切手を、原告は金額二、九九五、〇〇〇円の小切手を、それぞれ昭和二八年八月三一日附で相互に振出したこと、原告振出しの小切手は支払われたのに対し、被告振出しの小切手は支払拒絶となつたこと、被告は当時その振出しに係る小切手の償還請求を受けたが、被告の健康上の障害のため、資金の調達が出来ず、その支払のために結局本件二通の約束手形を振出したこと、をそれぞれ肯認することができる。被告は、右の小切手相互振出による原告における月末預金高増加を図る約束は違法であると主張する。なるほど右の約束による預金操作(いわゆる粉飾預金)は、金融機関の実質的資金増加を招来するものでもなく、金融機関の健全なる発展には副わないものとして、好ましくない操作であるが、金融機関の月末預金高の高大は、一見当該機関の外見的信用を高めることから、金融機関が何らかの操作を用いて月末或いは期末の預金高の増高を図り、これを誇示する傾向のあることは、公知の事実であり、このためにいわゆる「落々小切手」を振出すことによる粉飾預金が行われたとしても、それは、右の小切手自体を無効ならしめるものではない。もちろん小切手の相互振出しによる預金の粉飾は、多くの場合金融機関の危険、引いてはその預金者の危険において行われるであろうが、その危険性は、金融機関の不良貸付による損失の危険と何等異ることなく、不良貸付がそれとしては違法でないのと同様である。従つて被告の主張する被告振出の金三、〇〇〇、〇〇〇円の小切手が無効の小切手であることを出発点とする、被告の(イ)の抗弁は理由がない。

(ロ)  弁済期猶予の抗弁

被告主張の(ロ)の抗弁事実を認めるに足る証拠は、被告本人の供述を除いては他になく、此の点に関する被告本人の供述は措信し得ない。

よつて被告は原告主張の手形金三、〇〇〇、〇〇〇円と、満期である昭和二八年一二月三〇日以後の年六分の利息との支払義務があるが、原告はその内原告主張の(A)の手形金二、〇〇〇、〇〇〇円と、(B)の手形金の内三四七、〇〇〇円及び右合計金額に対する昭和二八年一二月三一日以後の年六分の利息の支払を求めるのであるから、正当として原告の請求を認容する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岩野徹)

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